【事例1】

(1)対象者:  Tさん(40歳 男性)

(2)障害名:  脳性麻痺(痙直型)

(3)適用期間: 約 3.5年(1994.10月~1998.3月) はじめ3日おき程度。次第に1週間おき程度に。1回30分程度。

(4)対象者の実態

 Tさんは病棟の患者さんである。覚醒中は全身に極めて強い緊張があり、粗大運動も微細運動も全身のほとんど全てでできず、体を堅くしたままベッドでいつも寝ている。体は拘縮が著しく、各所の関節運動はどこも限定される。しかし知的にはごく普通であり、おもしろい話に笑ったり、ほとんど唯一自由に動かせる瞼をぱちぱちさせてYes,Noの意思表示をし、かなり高度な会話をすることができる。

 1994年10月頃、Tさんの全身の緊張が強まり、発熱と発汗が著しく、顎を強く噛みしめ歯肉を傷つけるため抜歯の処置がされたほどだった。呼吸は見るからに苦しそうで、胸にも腹にも明瞭なゆったりした広がりが見られず、シーソー呼吸気味であった。

 

(5)適用した手法

 下肢・・・・伸ばし・曲げ、さすり、揉み

 腰・・・・・・引き下げ、ひねり、さすり、揉み、指圧

 体幹・・・・のけぞり、前屈、ひねり

 腹・・・・・・さわる・ふれる

 胸・・・・・・さわる・ふれる

 背中・・・・さすり、タッピング、脊柱に沿って指圧

 肩・・・・・・指圧

 上肢・・・・さすり、揉み、伸ばし・曲げ、手指の入力訓練

 首・・・・・・ひねり、指圧、さわる・ふれる

 頭部・・・・指圧、顎の入力訓練、さわる・ふれる

 

(6)適用しての効果

 3年以上前と比べてTさんの様子は非常に好転している。呼吸については現在全く問題なく、大きくゆったりと呼吸している。本人によれば、このように呼吸できるのは生まれて初めてだという。


 摂食に関しても、以前は口を開けるべきときに開けられず、むしろ意識すると逆に噛みしめてしまうので介助者が冗談を言って笑わせ、その瞬間口に入れるという有様だった。しかし最近では不十分ながら自分で開けられるようになり、食事が楽にできるようになった。   


 筋緊張の緩和が目立ち、両上肢が常に挙上していることに変わりないものの、他動的に動かしたときに、以前は全く動かせないほど緊張が強かったが、最近では動かせるようになった。顔面は、口を尖らしていることが多かったがそれがほとんどなくなり、また顎の噛みしめが見られなくなった。


 また日常的に発汗することがなくなり、表情が温和で、毎日を平穏に暮らしている。


 Tさんは知的面での遅滞がなく、質問されると瞼をぱちぱちすることでYes,Noの意思表示ができる。そこで、次のような選択肢を用意し、本人に選んでもらうことにした。全ての回答を得た後、念のために再度繰り返して同じ質問をして再確認した。

 

(質問1)筆者がしたことのために変わったと感じられることだけ答えてください。

     身体の状態はどうなりましたか?1群と2群から選んでください。2群は複数回答可。

 

《1群》 .非常に良くなった .良くなった .変わりない .悪くなった .その他


《2群》 .痛くなくなった .苦しくなくなった .緊張がとれた .そこが意識できるようになった .動かせるようになった .その他

 

〈回答〉


下肢 上肢 頭部
1群
2群  ア・ウ・エ・オ ア・イ・ウ・エ ア・ウ・エ ア・エ・オ イ・ウ・エ・オ イ・ウ・エ・オ ウ・エ ウ・エ


呼吸 摂食・嚥下 排便 異常感覚(圧迫感・怖い夢)
1群 C*

                 *以前から問題なかったため

 

(質問2)それぞれの手法の効果は?

 
.非常に効果があった .効果があった .効果はあまりなかった

 
〈回答〉

ストレッチ さすり 揉み タッピング 指圧 さわる・ふれる

 

(7)考察

 著しく筋緊張の強い痙直型脳性麻痺のTさんに対し、「体操」は極めて有効だった。

 直接Tさんに質問して効果をたずねたわけであるが、知的面で問題のない本人の答えは信頼性が高い。それによっても大変効果があったという結果である。

 質問1で、Tさんは、体の全ての部位でそれぞれ効果があったと答えている。2群でさらにその内容を答えているが、特に注目すべきは、全ての身体部分でそこを意識できるようになったとしている点である。つまりそれまでは自分の体がどうなっているかわからなかったが、「体操」を通してそれを知ることができたということである。


 質問2では興味深い回答をしている。効果があったのはストレッチ、揉み、タッピング、指圧であり、さすりとさわる・ふれるは効果がなかったと、明瞭に分けている。行っている際には、前者に対しては実に気持ちが良いという表情をするが後者ではそうでもない。前者と後者の違いを考察すると、前者は固有覚や圧覚刺激が主になっているのに対し、後者は触覚刺激である。つまり、固有覚刺激などが気持ち良いと同時に、本人の諸問題を解決するために効果的だったと、本人は感じているようである。

 固有覚刺激と触覚刺激は脳内で処理される経路が異なるわけだが、「快感中枢」とからめて、固有覚刺激がTさんの状態の改善にどのような役割を果たしたのか今後も考えたいと思う。

 


【事例2】

(1)対象者: Oくん(10歳 男子)

(2)障害名: 脳性麻痺(痙直型)

(3)適用期間等:1年(1997.4月~1998.3月) 休業日などを除いてほぼ毎日、1回40分程度。

(4)対象者の実態

 知的な面での遅滞が大きく、介助者を認識できているかどうか不明である。介助者の語りかけをじっと聞いているように見えることがあるが、それ以外は不快の時「うー」と発声するだけである。

 覚醒中の筋緊張が著しく、特に上半身にそれが強かった。両腕、手首、指を強く屈曲させており、他動的に伸ばそうとしてもすぐには伸ばせなかった。左肘や両手首の拘縮が著しく、また全身のいろいろな場所に何らかの拘縮がある。肩周辺の緊張が強く、腕の回旋が難しかった。顎とのど周辺を緊張させており、いつも口を噛みしめているとともに、呼吸に連動してのどに喘鳴を発生させていた。体温は高めで、日常的に発汗が見られた。

 時々嘔吐が見られた。また原因不明の眼振がしばしば見られた。

 

(5)適用した手法

 下肢・・・・伸ばし・曲げ、さすり、揉み

 腰・・・・・・ひねり、さすり、揉み、指圧

 体幹・・・・のけぞり、前屈、ひねり

 背中・・・・さすり、タッピング、脊柱に沿って指圧

 肩・・・・・・指圧

 上肢・・・・さすり、揉み、、伸ばし・曲げ・回内回外運動

 首・・・・・・ひねり

 頭部・・・・顎の開閉、気道確保

 

(6)適用しての効果

 11月頃から明らかに上半身の緊張が緩和してきて、手を握っただけで腕を伸ばしてきたり、自分で腕や足を屈伸させるのが見られるようになった。さらに、座位にしたとき顕著だったが、上半身を左右にひねる動きを盛んにするようになり、首を左右によく動かすようになった。首の回旋の動きに連動するように上肢(右)を屈伸させるが、非対称性緊張性頸反射(ATNR)の動きと認められる。

 発汗が少なくなった。げっぷはあっても、嘔吐がなくなった。

 11月頃から体重の増加が始まった。がりがりに痩せていた体に肉がついてきた。

 

 

(7)考察

 11月頃から体重の増加が始まったが、Oくんは完全な経管栄養で、栄養摂取量は一定でずっと変わっていない。排泄の状態も変わりがない。とすると、それまで筋緊張のために消費されていたエネルギーの分があって、それが体重増加に回ってきたと考える以外にないのではないだろうか。

 Oくんに対する筆者の指導のほとんどは、「体操」であったことから、「体操」が効果をもたらした可能性は非常に大きいと考えられる。

 


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