重度肢体不自由児(者)への「体操」の重要性について(指導の新しいアイディア)

具体的な方法はこちらにあります

はじめに要約に代えて Q&A
Q1 結局何が言いたいの?
Q2 対象となる人は?
Q3 それ以外の人は対象外?
Q4 効果は?
Q5 どんな考え方?
Q6 どんな方法?
Q7 どれくらいの力を加えるの?
Q8 理学療法?
Q9 ××法などとどこが違うの?
Q10 なぜ体操という言葉を使っているの?
Q11 音楽は使うの?
Q12 これだけしていればいいの?
Q13 今後の課題は

1.Tさんとのかかわり

  MOは高校の理科の教員から養護学校の教員へ転身し、きわめて重度の障害のあるたくさんの人たちと接するようになって6年以上がたちました。はじめ何をしていいかわからなかったMOは、広く浅く様々な訓練法、指導法に目を通しました。それらはすべて何らかの形で仕事に役立っています。
 
 MOはそれらの効果を確かめたいと思いました。
 そこでMOは自分が指導している子どもたちだけでなく、重症心身障害児病棟の懇意にしている患者さんたちに協力をお願いして、習い覚えたいろいろな指導法を試してみました。いろいろなことをしているうちにそれぞれに効果が感じられる場合がありました。しかしいろいろなことをしているので、何が効果をもたらしたかが判然としなかったのです。

 40歳代のTさんは懇意にしている患者さんです。彼はきわめて重度の痙直型脳性麻痺で、意思で自由に動かせるのはまぶたの開閉だけです。いつもベッドで体を堅く緊張させたまま動くことがありません。しかし理解面では普通の人で、難しいジョークにもげらげら笑います。コミュニケーションはまぶたのパチパチでYESを示すことで行います。

 Tさんは一度、見るからに苦しいときがありました。緊張があまりに強くなって体温の上昇、発汗、異常な呼吸運動があり、それは見ていられないほどでした。MOは病棟婦長さんのお許しを得て、緊張を緩和すべくかかわりを持ちました。幸い好ましい方向に進み、5年たった今では筋緊張の明らかな軽減、安定した体温、正しい呼吸運動、摂食動作の自由度の増加、意思による発声(途上だが)など、彼が生まれて初めて経験する世界(彼がそう言う)へと入ってきました。

 3年たったときに、MOは彼に対し質問項目を作り択一による回答を得ました。それはMOがした運動動作面での様々なことが、それぞれ、効果があったと感じられるか、またその効果とはどのようなものだったか、ということです。その結果はMOにとってきわめて示唆に富むものでした。

 そしてその後何人かの似通った状態の子ども(痙直性の筋緊張が強い子ども)に対し、彼が効果的と答えた方法を適用して一定の効果を上げることができました。


それに関する事例を次の二つにまとめました。(Tさんは次の事例1)  

事例1・2                     

「障害の重い学齢前幼児の指導と効果」 

結果として、MOは一つの新しいアイディアに到達しました。


2.MOの仮定(考えの根拠)

  MOは一般に出生前後から乳幼児が盛んに体を動かすことをきわめて重要な学習ととらえ、障害のためそれができない場合に起こりうる問題点と、その場合の介助の重要性について考えました。

1.仮定その

-1. 大脳新皮質の体性感覚領域と運動領域の正しいネットワーク化は生後の学習でなされる。

-2. 運動の学習を遂行するためのプログラムが下位の脳に本能として備わっている。

-3. 障害があるとそのプログラムが暗礁に乗り上げる。

-4. 結果として運動プログラムが空回りをし、慢性的な筋緊張をもたらす。

 上記の仮定は、関連する文献を見たことがないため(不勉強ゆえ)、MOのまったくの想像にすぎません。しかし、大脳新皮質の視覚領域では研究が進んでいて、仮定1-1のように、ネットワーク化が生後の学習でなされることは視覚領域では言えることが明らかになっています。

 はたして体性感覚領域と運動領域が視覚領域と同じかどうかは大きな問題です。
 仮定1-1・1-2
は生後の乳児が運動に関し他の動物に比べて著しく未完成であること、またどの乳児も同じようにきまった流れに乗って体を動かしつつ、人間としての動作方法を身につけていくことから考えました。

 すなわち、体を動かすための情報は生まれつき持っているのではなくて、生後の学習によって獲得される。一定の順序で自ら能動的に体を動かすことで、身体情報と運動情報を蓄積し組織化していく。そして、そのためのプログラムが、本能として組み込まれていると考えたわけです。

 仮定1-3・1-4は次のようなことです。
 プログラムは自分の体を動かそうとします。しかし何らかの障害のせいで体が思うように動かない場合、融通の利かない本能はずっと同じ指令を出し続けるかもしれません。結果として同じ方向への筋緊張が出現し続けたりするのではないでしょうか。


3.障害のある子どもの運動学習の援助-方法とその意味

2.方法

2-1. ストレッチ体操
     体幹の前屈、後屈、ひねり
     上肢・下肢の屈伸、ひねり

2-2. 全身の触・圧覚刺激
     揉む、指圧、タッピング、マッサージ  

 (1)方法2-1の意味
 生後の乳児は盛んに体を動かしますが、それによって筋や腱のセンサーから筋の伸び縮みの感覚である固有覚刺激を得ています。固有覚は、触覚とは刺激の通るルートが異なり、大脳皮質の体性感覚領域に一部が流れるものの大部分は小脳に流れます。運動のための基本となる感覚はこれであり、センサーからの情報は小脳に蓄積されて運動の制御に使われます。

 乳児は無意味に体を動かしているのではなく、身体の固有覚に関わる情報を取得しようとさかんに努力しているわけです。障害で動けない場合はその情報の蓄積ができないわけで、だとするといつまでたっても運動の発達に進展が望めないと考えられます。

 そこで子どもにとって必要な刺激を介助者が与えてあげることに意味が生じると思います。

 ストレッチ体操では体幹を重視したいと思います。
 体幹は生命維持のための多くの臓器があり、また様々な筋がはりめぐらされています。ときに大きな問題をもたらすのが呼吸で、それに問題が生じた場合あまりにも苦しい状態になることは言うまでもありません。
 呼吸には多くの筋の協調的な運動が必要であり、それを妨げる不当な筋緊張によって苦しさを増し、さらにそれが緊張を強めるといった悪循環をもたらすことがしばしば見られるようです。


(2)方法2-2の意味
 私たちは自分の体が今どんな状態にあるか、目をつぶっていてもわかります。それは自分の身体像がイメージとして形成できているからです。身体像は生まれつきあるものでしょうか。そうではないと思います。Tさんの回答の中で大変印象的だったのは、「自分の体がどうなっているかがわかった」でした。動くことによってこそ身体像も形成されていくのではないでしょうか。

 体を動かすとどうなるか。まず、筋の伸び縮みから固有覚の情報が得られます。それだけではありません。体の接地する場所が変わります。するとその場所の、触覚圧覚その他の皮膚感覚がすべて刺激されるわけです。また同時に平衡感覚である前庭覚の刺激も受けます。
 体のあらゆる場所からの情報の蓄積が、身体像を構築していくと考えられます。しかし同じ姿勢でずっと横になっていたらそれができません。

 そこで、子どもにとって必要な皮膚感覚などの刺激を介助者が与えてあげることに意味が生じると考えます。


4.具体的方法

 要するに、子どもに代わって適切に全身の動くべき所を動かしてあげる、また全身をもんだりさすったりたたいたり指圧したりして、全身を刺激してあげることです。

なあんだというほど単純なことで、誰でも簡単です。ただし、MOなりの多少のやり方があります。

 これは単純といえば単純なことなのです。しかしその必要性があまりにも認識されておらず、毎日これをきちんとしてもらっている障害児は、私の知る範囲(家庭、学校、病院)で非常に少ないです。それは、重い運動障害を持っているからこそ適切な仕方で動かしてあげなければならないのだという、その必要性が理論化されていないためだと思われます。


(1)気持ちよいとは?-MOの仮定2
 ここでMOはもう一つの仮定を持っています。

3.仮定その

 気持ちがよい=体が必要としている

 痛い・苦しい=体にとって危険

 快・不快の中枢が脳の視床下部あたりにあり、それは人間の行動を大きく左右しています。ところで運動不足の自分の腰を少しひねってみます。ある程度以上ひねるととても気持ちが良いです。しかし自分でできるのはそこまでです。それ以上ひねるととても痛くて、よほどの覚悟がなければ自分ではできません。これはどのような意味があるのでしょう。

 人は気持ちの良いことを求め、痛いことを避けます。MOは、これは生存にかかわる本能ではないかと考えます。痛さや苦しさは、脳が体にとって危険だと認識し避けるためのシグナルであり、一方、気持ち良いことは体や脳が必要としていることと仮定し、MOは特にこれを重視します。

 子どもの体を他動的に動かすときは、そのことに無頓着であってはならないと思います。特に子どもに痛みを与えることは、様々なマイナスを考えることができ、専門家以外は避けるべきかと思います。

 そのようなことで、MOは、どこまですると一番気持ちがよいのかな、と全神経を子どもの表情に向けるのです。


(2)ストレッチ
 ストレッチの際、どのようにすると気持ちがよいと感じるでしょう。それは筋肉をできるだけ引き伸ばしたまましばらく固定しているときです。単なる屈伸運動では気持ちよさはあまり得られません。ちなみに目をつぶって他人に腕の屈伸をしてもらいます。速いときは何をされているかわからないことがあります。ところが強く曲げたまま、あるいは強く伸ばしたままにしてもらうと、自分の腕がどうなっているか実によくわかります。

 したがってMOは、ストレッチでは子どもの一番気持ちのよいところで一定時間固定します。これは上田法のスタイルと同じかもしれません(MOは上田法をよく勉強していませんが)。上田法では同じ姿勢で3分を基準にしているようですが、たしかにそれぐらい必要な気がします。
 イメージとしては、刺激が脳に伝わって神経細胞を刺激しているかな、樹状突起が活発に伸び出してきたかな、などと考えながら子どもの表情を見ているうちに数分経っていた、という感じです。
 それをできるだけ全身の筋で行います。

 一定時間固定して同じ刺激を与え続けることについて補足します。これによって脳の回路に同じ刺激が一定時間継続的に伝わることになるわけです。神経細胞は常に新しい樹状突起を伸ばして他の神経細胞と新しいつながりを作ろうとしています。神経細胞が樹状突起を伸ばして新しいネットワークを作るためには、特定の刺激がある程度継続して細胞を刺激する必要があるのではないかと想像できます。ですから学習効果の定着のために、一つ一つの刺激に時間をかけ、また繰り返すことが必要なのではないかと考えています。

 ところで、子どもが体をいつもある方向に動かそうとしているとしたら、その必然性を考えることができます。どのような理由かわからなくても、体がそれを求めていると考えるとどうでしょう。だとしたら、思う存分そうしてあげたらどうかと思います。たとえば後ろに反り返りたがる子どもの場合、介助者の足や大きなクッションなどを腰の下に入れてしばらく反らしてあげます。

 子どもが満足できるぐらいそれをしたら、こんどは逆方向にストレッチします。それらの際子どもの表情に最大限の注意を払います。

 はじめから強い力で引っ張るようなことはしません。まずはじめに、ごく弱い力による屈伸運動を5回程度行ってからゆっくり時間をかけて伸ばしていきます。子どもの表情を見て行いますので、表情がOKといっている場合は結果的にかなりの力を入れることもあります。またひねる場合も同様です。

(3)全身の皮膚感覚刺激
 次に、揉む、マッサージ、タッピング、指圧などを全身にしてあげます。これによって主として皮膚感覚が刺激されます。

 皮膚感覚といっても実は皮膚には様々な感覚器が存在しています。たとえば触覚と圧覚は感覚器が異なり、温度覚、振動覚にもそれぞれの感覚器があります。また筋には固有覚器があります。触る、揉む、こする、たたく、握る、圧すことから生じる刺激は、異なる感覚器からの刺激のセットとして総合的に脳で情報処理され、身体像の形成に重要な意味を持つと思われます。

 そのやり方ですが、それぞれの感覚器を時間をかけて十分に刺激してあげることを念頭に置いて、単に表面をこするだけにとどまらず、強く揉んだり圧したりたたいたり、いろいろな工夫をすべきかと思います。

 ところで揉みほぐすことと指圧は一般的なマッサージの主要な方法となっています。これは「凝り」をほぐして大変気持ちがよいものです。ここで「凝り」とは何なのか、なぜ気持ちがよいのか、そのへんのことをMOは知りたいと考えているのですが、どなたか教えていただけませんか。
 Tさんがもっとも効果があったと答えたのが、ストレッチ、揉み、タッピング、指圧なのです。

(4)未知の世界へ
 ストレッチや皮膚感覚刺激を子どもにしてあげると、目を大きく見開いてびっくりした表情をしています。さらにいつまでもそれを味わっています。こどもにとってそれは未知の世界だからだと思います。

 

5.おわりに

 仮定から出発することはなんとも危なっかしいことですが、現に苦しんでいる子どもたちを前にしてとりあえずやってみようの精神です。やってみて効果があるかが最大の関心事です。効果こそが私たち障害児教育に携わる者が求めているものなのです。MOは幸いこの方法で一定の効果を感じることができました。

 MOは医療従事者ではありません。したがって治療を考えているのではなく、あくまで子どもの学習の援助という立場で誰でもできる方法を考えているのですが、今後は専門的な知識を持った方にいろいろご指摘をお願いし、さらに効果的な方法を模索したいと思っています。